ぼくのミステリな読書日記'99
脳天パーな11月(November)
今日もまた絶好の行楽日和。こんな日は家でゴロゴロしているだけでも、窓から吹き込む風が気持ちよくて好きなのだが、それでもやはり外出をしないといけないような罪悪感に駆られてしまう。そんな訳でお散歩に出発。……しかし、向かう先はやはり近所の古本屋。うーん、これはどうも「古本屋に行きたい」という欲求を、無意識下が「散歩しなければいけない」という罪悪感に変換してぼくの行動を操っているような、そんな気がしてならない。なぜならただ単に「古本屋に行きたい」という欲求だけでは外出は控えようとガマンする心を最近は覚えたのだが、「散歩に出ないと、外はいい天気でもったいないぞ」という罪悪感に訴えた欲求であれば、外に出ざるを得ないからである。自分の身体のことは自分の体がよく知っているということである。
古本屋の店内を一回り物色後、今度はそのまま晩飯の用意のためにスーパーへ寄る。まるで奥様のようにカゴをぶら下げ、今晩は何にしようかしら……と顎の下に手を添え、店内をブラブラ。そして、献立の決め手は隣を歩くオバチャンのカゴの中身。おでんの材料が山積みされているのである。それを見て“おでんの口”になってしまったのである(まあ、所詮夕食の献立を決めるキッカケなんて、そんなものなのでしょうね)。大根、ジャガイモ、コンニャク、がんも、つみれ、モチ巾着、タコ、玉子、そして牛スジ(眼の色を変えて材料を物色していたオバハンから、タッチの差で最後の2パックを奪い取ってしまった。ごめん、見知らぬオバハン。今夜牛スジがなかったばかりに、お子さまが非行に走らなければいいのですが……)をカゴに放り込み、いざおでん作りに全勢力を集中させるのであります。
さて、そんな訳で家に帰るや材料をメッタ切りにし、コトコト煮込むこと約2時間。いい具合にできあがり。うーん、こいつはいい匂い。さて、こうなったら腹がパンクするまでトコトン食うぜぇと、食卓を用意したところで「オー、マイ・ゴッドォォォ〜」。すっかりカラシを切らしていることを忘れていたのである。うーん、豚まんやシューマイを買ったときに付いているような小袋でもいいから、何かないかなあと冷蔵庫をゴソゴソしてもない。ウーン、ウーン、ウーンと悩んでいると、目に付いたのが本ワサビ。考えてみれば、天ぷら(注。関西では“天ぷら”ですが、それ以外の地域では“薩摩揚げ”って言うのですね)なんて、ワサビ醤油で食べるのだから、おでんの練り物もワサビでいいはずなのである。そこで、大実験! おでんをワサビで食べてみました……おお、なかなかいけるではないか……(ウットリ)。やはり練り物にワサビは合い、それはおでんにしても変わらないのである。従って今日の結論、「おでんにワサビは合う。冷や奴にカラシは合う」ということでした(冷や奴のカラシは、ぼくのもともとの持論です)。
今日一日会社に行けば、明日はまたお休みか。とにかく頑張ろうっと……と、張り切って家を出たのはいいが、どうも精神的にもオシゴトに乗り切れず、ダラダラと過ごしてしまい、ダラダラと帰宅。まあ、取りあえず今晩はゆっくりと眠らせてもらおうか……とスーツを脱いだところで「キャー」。何と恥ずかしいことに、ズボンのおケツ部分が破れていたのである(よりによって、おケツ部分ですよ……トホホホホ)。もっと正確に言えば、左右のスソの合わせ目がほどけてきていたのである。さいわいに、損傷規模はさほど大きくはなかったのだが、それにしても誰も気が付かなかったのであろうか。ひょっとしたら、誰か気が付いていたけど、声を掛けることが全くできなかったとか……っかぁぁ、情けねえ。紺色のスーツなので、パンツの色によっては穴の存在が引き立つばかりなのである。幸いにして、履いていたパンツは地味〜な色合いにつき、気づかない人にまで目立たせて気づかせてしまうというような悲劇は避けられたようである(白のブリーフなんて履いていた日には、どうなることやら)。押し入れから、裁縫セットを取りだし、情けなさに胸を締めつけられる思いを噛みしめながら、一針一針、丁寧に穴の修復作業に勤めたのである(穴があいているスーツ・ズボンを平気で履いていたのも情けないが、テレビの前で一人裁縫をする野郎の図式も情けないものを感じてしまう)。
今日から手に取るのはエドワード・ホック『革服の男』(光文社文庫)。数々のアンソロジーや短篇集、「傑作」と呼ばれる作品で、その名前はよく耳にする作家なのだが、作品を読むのは初めてである。お手柔らかにお願いします。……しかし、解説を読んで初めて知ったのだが、ホックの作品ではシリーズものがやたらと多い。こんなにキャラクターをつくっていってどないするねん、って聞きたくなるほどの数なのである(また、解説ではすべてのキャラクター名を列記しているから、読みづらいこと読みづらいこと。同じ書き出すなら箇条書きにするとか、もうちょっと判りやすく書いて欲しかった……)。作者本人としては、作品のネタに合わせて主人公を変えていたら、こんなに多くなってしまった、というところでしょうか。この短篇集でおさめられている12篇の作品に登場するそれぞれのキャラクターは、ある程度有名どころを押さえているのでしょうか?
(本日 156ページまで)
ああ、ずっと働きっぱなしというのもシンドイですが、飛び石で休みが入ると精神的に疲れますよね。国もどうせ“ハッピーマンデー”なんて制度をつくるぐらいだったら、“オセロ祝日”という制度もつくって欲しいものです。今、考えてつくってみました。これは、昨日のように“休みと休みに挟まれた日”があった場合、文字通りオセロのように挟まれた日も自動的に休日になるという仕組みなのですね。うーん、ぼくが総理大臣になったら、きっと「オセロ休日法案」を通してみせますが……。誰かぼくを総理大臣にするべく賭けてみません?(その前に国会議員にならなきゃ)
とか何とかアホなことを思いつつ、昼頃起きだす。昼飯に何を食おうかと台所をゴソゴソ漁り、転がり出てきた「赤いきつね」を食おう。これって、東京出張に行ったときに買ったものを、結局持って帰ってきたものなんですよね。食べる前、活字中毒症の哀しい運命によりカップ側面の文字をジーッと眺めること約3分。すると「E」などという記号文字の書かれてあることに気が付いたのだ。おやや?と気になることがあり、「ひょっとしたら」と確認の意味も込めてわざわざ歩いて20分のコンビニまで出向いた。店内に並べてある「赤いきつね」を見てみると、こちらには「W」なんて書かれてあるではないか。おぉぉ、これはひょっとして「インスタント・カップうどんは、関西と関東で味が異なっている」というウワサは本当なんだろうか。早速買って帰り、目の前に関東版と関西版を並べ、つくる。……3分後、出来上がり〜。ドキドキしながらフタを開けると……おお……汁の色が明らかに異なっている。関東版の方は醤油色の染まって真っ黒なのだ。対して関西版は摩周湖のように澄んだダシ汁なのである。……次にお味を……ズルッズルルルル……おお。案の定、関東版は醤油味であるのに対し、関西版はダシ味なのである。そしておもむろにお揚げさん(キツネ)をガブリ……うひょ。関西版は甘辛いダシが口中にジュワッと広がるのに対し、関東版は醤油味のうどんダシがドバッと吹きだすだけなのである。……う〜ん、ということはやはり子供の頃からよく聞いていたウワサの“カップうどんの味は、関西と関東では変えられている”というのは本当だったのですね。何事も試してみるものだ。……しかし、食卓の上でのびていくばかりのうどん2杯、こんなん一人では食いきられへんで……誰か、助けて……。のびていくばかりだから、食っても食っても、減っていかない。結局、拷問に近い昼飯タイムとなってしまった。実験には犠牲が必要だとは言うけれど、まさかぼく自身が犠牲者となってしまうなんて……。
月曜日、会社から帰ってきて思わず「キャー」と叫んでしまった“スーツのケツ破れ事件”。この真相を探るべく、今朝は会社に着くなり、会う人会う人全員に片っ端からに「ケツ破れてなかった?」と聞きまくる。結果、どうやら誰もぼくのスーツのケツが破れていたことに気づいていなかったことが判明。ただし、「え、中橋さんのスーツ、お尻が破れていたのですか?」などとかえってウワサが広まってしまってやぶ蛇になってしまったあたり、ちょっとオマヌケ……とほほほほ。明日から、きっとぼくのアダ名は「ケツ丸出し野郎」なんて情けないものになっていることだろう(何でこの歳になってそんなことに怯えているのかと考えたら、小学校ときに同じような体験をしてしまい、結構傷ついてしまったことがあったのだった。これはトラウマ?)。
どうも今日は読書の気分になれないのか、それとも作品との相性が悪いのか、エドワード・ホック『革服の男』(光文社文庫)が読み進められない。まあもっとも、いつも読書タイムは「朝の電車」「昼休み」「帰りの電車」で合計2時間ほどになるのだが、今日はまず昼休みがとれず、更には帰りの電車でも本を読む気力が湧かず、吊革にぶら下がるようにして眠りこけてしまっていたから、読み進められるわけもないのである(エラソウに開き直ってるよ)。
(本日 262ページまで)
明日はまたしても出張でお出かけです。お泊まりは一泊だけで、金曜日には帰る予定。そんなわけで更新は一日お休みになるだけです。あ、でも帰りが金曜日になるということは、週末病が発病している可能性も……。うーん、どうしましょう。やはりノートパソコンぐらいは持って行った方がいいのでしょうか。しかし持って行ったとしても、ぼくのこの性格のことですから、何もせずに終わってしまう可能性もありますしね。皆さん、どうぞ暖かい目で見守っていてやってください(こんなことを言っていて、更新ができていなかったら、好意を踏みにじったことになるのか……ヤバイ)。
と言うことで、出張の旅に出発。ところが、こんな日に限って社内の打ち合わせなんて予定を入れられてしまい、「早く出発したいのに〜」とヤキモキ。まあ、それでも夕方のラッシュ時間前に出発できたからよしとしよう。のんびりコンビニで、“車中でお口が寂しくならない用”の弁当などを買い(酒が飲めない人間が出張での最大の楽しみは、やっぱりこれですな)、新大阪駅まで出向く。……うおぉぉ、何なんだ、このオッサン連中の多さは……。サラリーマンどもの群れが駅のコンコースを埋め尽くしているのである。ひぇ〜、オッサンくさぁ〜。もちろん指定席など、完全売り切れでありまへん。仕方がないので、自由席の列に並ぶことに。いやあ、指定席が売り切れるほどだから自由席の列もズラリと長蛇。こりゃあ、デッキで立ちっぱなしかなあ、と思ったがフト名案! 「あの席だったら、まだ空いているはずだっ!」 ホームをトコトコ移動し、「あの席」の列へ……。すると、おお! 案の定、そこだけ、オッサンがわずか2名しか並んでいないという大ラッキーゾーンだったのである。しかも、更にラッキーなことにやってきた列車は「新大阪発」。悠々好きな席に座ることができたのである。ウフフフ、「あの席」がどの席かはナイショ。
さて、ホテルに無事到着はしたものの、どうも落ち着かない。車内で弁当を食ったはずなのに、ホテル近所の「いつも必ず行く」ラーメン屋が恋しくて仕方がないのだ。ガマンできずについ、イソイソとお出かけしてしまう。また店に入ったら歯止めが利かなくなってしまい、ラーメンにギョーザにライスに……。これって食い過ぎですよねえ。どうりで胃がもたれて仕方がないと思った。膨満感ではち切れそうな腹を抱えながらホテルに戻り、さてホームページでも更新しようかなとしたところで「キャー」。ノートパソコンの調子が悪い……というかモデムが回線に接続してくれないのですね。仕方がない、今日はもう寝よう。自宅であれば絶対に寝ることのない0時、就寝……のはずが寝られない。何しろ部屋の空気が乾燥しきっていて、喉が痛くて寝られないのだ。うーん、バスにお湯をはってドアを全開で寝ることにするか。あ、しかし去年の悪夢がぼくを襲って、堂々とドアを開け放って寝ることができないではないか。
いやあ、やはり枕が変わったのと(メチャクチャ柔らかいのなんのって。頭がめり込むような枕では首がダルくて寝られません)、空気が乾燥していて夜中にやたらと咳き込んだことで、寝た気がしない。一応、目覚ましとモーニングコールのダブル攻撃に眼を覚ましたのだが、ギリギリまで寝ていようと、危険な2度寝に果敢にも挑戦するのであった。時間は、もっとも微妙に中途半端な30分。結局のところは、テレビを点けていたので、ワイドショーのレポーターが耳元でがなり立てていたので起きられたようなものなんだけど。そしてオシゴト。オシゴト。オシゴト。夕刻には無事終了し、東京駅に向かう。が……ガァ〜ン。昨日よりも更にオッサン連中の群れがコンコースを埋め尽くしている。これはいけません。みどりの窓口でも当然「もう指定は全席売り切れました」なんて言われてしまい、ヘナヘナヘナ。ひとまず実家用へのおみやげ(“舟和の芋ようかん”)と、車内用のお弁当を購入してホームに上がる。一縷の希望を託して「あの場所」へ向かうと……おお、やはり他の席に比べて列が短いではないか。もちろん東京が始発と言うことで、清掃待ちで列車は既にホームに到着していたのだが、悠々の乗車。うーん、やはり「あの場所」は素晴らしいっ! そこがどこなのかは、ひ・み・ちゅ♪(←脳ミソ腐りかけ?)
短篇集ごときにいったい何日かかっているのかと我ながら呆れてしまったが、それでもようやくエドワード・ホック『革服の男』(光文社文庫)を読了。ここまで読んできた感想は、正直なところ評判ほどいいとは感じられなかった。短篇としてそこそこ「普通」なのである。目新しいネタでもなく、目新しいストーリーでもない。なかでも一番気になったのは、主人公であるキャラクターの存在。ぼくのような「初めて作品を手に取った読者」には、少々取っつきにくいのである。これは、やはり作者がキャラクターを登場させすぎて、存在が「当たり前」になっているのであろう。つまり、キャラクターそのものを造形する描写が少ないからこそ、読みづらく感じてしまっているのかもしれない。
ところが、どうしてであろうか。ラスト2篇には非常に感銘を受けたのである。特に表題作となっている「革服の男」は、冒頭の事件の発端から主人公が陥る謎の出来事、そしてその解決に至るまでのプロットが絶妙に仕組まれた逸品である。まさに短篇でありながら、「これでもか」「これでもか」と次々に謎を提示してくるあたりには、もうミステリーファンであればクラクラと幻惑されてしまうことであろう。まあ、真相をとことん突き止めて考えてみると、「そんなうまい話がある訳ないやん」と言われそうだが、まあそこはそれ、楽しく本を読めればいいということで(←贔屓の引きたおしか)。
今日のワタクシは2部構成。いやあ、実に内容の濃い一日だったので、何だか数日間の出来事だったような、そんな気がしてなりません。本当に濃くハードな一日だったのでした。
まず第1部は、同志社大学にて行われた「竹本健治講演会」への出席。本当は、松本楽志さんやのびぃママ、のりまつ氏と早めに待ち合わせて京都のブックオフを占拠する予定だったのだが、目が覚めたら午後1時……待ち合わせ時間なんですよね。仕方なしに「すいませーん」とドタキャン。改めて講演会会場に一人で向かう。開始時刻ギリギリに到着した会場には何人かの顔見知りがいる。あまりミステリ的会合に顔を出さない不義理なぼくは「お久しぶりです」(らじさん、嵐山さん)と挨拶し、「初めまして」(FOOLさん、みのるさん)と挨拶する。ところで、同志社大学に到着してから初めて気が付いたのですが、今日の講演会って学祭のイベントだったのですね。会場はロックコンサートステージのすぐ真横。やかましいったらありゃしない。そのうえ竹本健治自身も淡々としゃべるタイプなので、聞き取りづらいことこのうえなし。そして、更に追い打ちをかけるかのように、音響設備のアクシデント。スピーカから突如、ポンポンポンポン……と原因不明の異様なラップ音が響きだしたのだ。竹本健治自身も話しづらそうに「何の音ですか?」とキョロキョロ。マイクなしで続けてみようということで、聴衆全員ができるだけ前に詰める。ぼくも、ガラ空きにあいていた最前列に移動。おおー、目の前2メートルのところに竹本健治がぁ〜(しかし、言うほどなぎら健壱には似てないぞ)。内容は講演会と言うよりも、単なる質問会という感じ。司会の女の子が予めまとめられた質問事項を事務的に聞いていくだけ。うーん、これじゃあ国会答弁みたいであんまり面白く感じられないですね。もっと深く突っ込んで「会話」をしてもらった方が面白かったかも。気のせいか、竹本健治自身もモゾモゾとやりにくそうな感じ。以下にその質問会で特に覚えていたものを列記してみよう。
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ええっ!? ウッソォーと心の中で大絶叫。「幻影城」廃刊に伴い、原稿が散逸したと伝えられる『偶という名の惨劇』。実はその原稿が竹本健治の自宅にあったそうである。ただし、本人の目の黒いうちは出版することは絶対にないらしい……。これじゃあ、まるで日影丈吉だ。
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今後の出版計画。『クー』シリーズは全3部作予定。実は2部がもう既に書き上がっていたらしい。『腐食の惑星』も2部の原稿が書き上がっていたらしいが(内容は後日談だが、『腐食の惑星』以前に書き上げていたらしい)、内容が変わっているので発表できなかったとか。タイトルは確かに変なタイトルで、忘れてしまいました。すいません。
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本人がお気に入りの作品は「銀の砂時計が止まるまで」(『“魔の四面体”の悪霊』収載作品)と「仮面たち、踊れ」(『閉じ箱』収載作品)だそうな。
質問会終了後はサイン会。マンジュウ本に弱いワタクシとしては、この企画に大満足。先日当選した柄刀一のサインと共に、できるだけ早いうちにスキャナで読みとらせて書庫の部屋で公開させて頂きますね。
会場には綾辻行人と法月綸太郎ご夫妻が来られていた。しかし見れば見るほど、綾辻行人は広島在住の知り合いのG心師に似ているのですね。そう思いませんか、G心師とお知り合いの方々。マジで一瞬綾辻さんを見かけたときに気安く「あれ? 来てたんですか?」なんて声を掛けてしまうところでした。フー、危ない危ない……。
さて第2部は、今は休業中の午前零時で針を止めろ!のにしむらさんを中心としたオフ会。一次会から早速、謎のアングラハウス恐怖の裸足入店、恐怖のレゲエもどきジャズ攻撃、恐怖のテーブルローソク責め、恐怖のオヤジ焼き、恐怖のコブラクローなど、数々のエピソードが展開されましたが、新参者であるぼくは敢えて何も見ていませんし、何も聞いてません。だから何も話せません。更に二次会でのカラオケルームにおける惨劇は、もう誰も止めることはできません。ゲポー。終電の関係から、一人でサッサと帰ってしまうことになってしまい、心残りも甚だしいところです。いえ……ホント……、ぼくは何も見ていませんし、何も聞いていませんし、何も話しませんから……ゲポー。
ところで、おみやげに“かたパン”をもらって大ラッキー。しかしこれ、ホントに堅いのですね。人ひとり、充分殺せますぜ。食っちゃえば完全犯罪達成。しかも殴ったあと食うと、適当に血を吸って柔らかくなっているので隠滅もしやすいっちゅうもんです(←おい)。
今日、京都行きの車中で読んだ本は山田正紀『謀殺の弾丸特急』(祥伝社NON NOVEL)。ただ単純に楽しめます。難しいことは何も考えなくてもいいです。……というか、こういう本は考えてしまうとダメです。いけません。作者が用意したページの上をただただひたすら追っていくだけで、至福の2時間が味わえるのですね。そりゃあ確かにアラを探せばいくらでも見つかると思うのですけど……。そういう邪道な読み方をする人は、楽しめないので損です。……うーん、しかしここ最近、すっかり山田正紀に関して穏便になってしまったなあ。どうしてだろう。昔は絶対に「途中まで引っ張るだけ引っ張っておいて、ラストが尻すぼみで終わるのがもったいない」とキャンキャン吼えていたのになあ。ぼくのなかで、“山田正紀の楽しみ方”を密かに手に入れたのでしょうか?
ところで、昨日はエドワード・ホック『革服の男』に関して、堂々と“ここまで読んできた感想は、正直なところ評判ほどいいとは感じられなかった”と書いちゃいました。しかし今日、よくよく読み直してみたら「キャー」。もうひとつ面白かったものをすっかり忘れておりました。「不可能夫人」も面白かったです。ミステリとしての謎の提出とその回収もですが、特に作者がミステリそのものを自虐的に取り上げる(だからこそパロディとしても成り立つのでしょうが)さりげない会話の部分部分にニヤリとさせられるのです。
先日の東京出張でのおみやげ“舟和の芋ようかん”を持って実家にクルマでトコトコ帰宅。この文章だけ読んでいると「おお、オレってエライやん。親孝行野郎だぜ」なんて思ってしまうのだが、そうではない。このみやげは別に家族から頼まれたわけではないのである。「じゃあ、自分から進んでみやげものを買うなんて、ますますエライ」とも思ってしまいそうだが、そうでもない。この芋ようかん、実はただ単にぼく自身が食いたくて食いたくて仕方がなかったものなのである。ところが、さすがに“みやげもの”として売られているだけに、とても一人では食いきれない量の詰め合わせなのだ。そこで「家族へのおみやげ」と言うことで恩着せがましく持っていき、実はぼく自身も一緒になってパクパク食ってしまおうという魂胆なのである。ウヒヒヒヒ。そんな訳で、今日は早めに奈良を出発して、早めに実家に着き、3時のおやつに芋ようかんでも……と計画をしていたのである。昼頃ゴソゴソ起き出し、「さて、出発だ」と用意をしながら何気なくテレビを観ていると「おおっ!」。“ミナミの帝王”なんてやっているではないか。これって放映されていたら、なぜかついつい観てしまうんですよねぇ。しかも冒頭シーンを1分でも観てしまったら、どうしても最後まで観ていないといられなくなるという厄介なシロモノ。そして、案の定そのために出発時間が大幅に遅れてしまったのである。家を出たのは「おやつ」の時間であるはずの午後3時。しかも、ずっと観ていた今日の劇場版は、以前にもテレビで観たことがあるヤツなのである。そう、一度観たものでも、ついつい観てしまうのが「ミナミの帝王」の恐ろしいところである。っかぁぁ、予定が大狂い。遅れに遅れ、ようやく出発したものの、見事に渋滞に巻き込まれてしまった〜。実家に着いた時間はもう夕食の時間。あらら、当初のもくろみでは「みやげものを持ってきた孝行息子」のはずが、なぜか「夕食をかっ食らいに来た放蕩息子」になってしまっているよ……。しかももってアホなことに、夕食を食い過ぎてしまい(“メシは食えるときに食ってしまえ”という食いだめの法則ですな)、腹のなかには芋ようかんの入る隙間がなくなってしまったのだ。それでは何のためにやってきたのか判らないので、取りあえず一切れだけ食う。ウー苦しいー。出るー。でもウメー。甘みがサツマイモの甘みだけで、砂糖なんかの不自然な甘みが一切ない。うーん、こんなうまいのだったら、夕食をもうちょっとセーブしておくのだった……。関東にお住まいの皆さん、これからみやげものは“舟和の芋ようかん”で決まりですねっ☆
本当は実家に寄る前に行きたかったのだが、渋滞に捕まってしまい、後回しになってしまった「古本屋巡り」。実家近所には“もともとからある”古本市場、と“新しくできた”古本市場がある。もともとからある方はどうもいいものばかりで、珍しいシロモノや探求本なんてとんと見つからない。実家を出た帰りにまず寄ってみたのだが、どうにもいけません。結局買ったのは山前譲編集のアンソロジーと幾瀬勝淋程度(しかもこの本はどこにでも見かけますしね)。その後、新しくできた方に行ってみて「おお!」。SFものとちくま文庫ものがメチャクチャ揃っているのである。SFはさっぱり判らないながらも、比較的読みやすそうなアンソロジーものを手に取る。ちくま文庫はなぜか「路上観察学会」メンバーものが揃っているのである。誰か一斉に放出をしたのかもしれない。トマソンが流行った頃はよく読んだものだが、ここ最近はとんとご無沙汰しているので、取りあえず赤瀬川原平のトマソンものを手に取る。おお、赤瀬川原平と言えば、尾辻克彦(赤瀬川の作家での名前。ちなみに赤瀬川はアーティストとしての名前ですね)の芥川賞受賞作『父が消えた』もついでに手に取っちゃおう。うーん、そんなこんなで気が付くと前が見えなくなるほど手のなかに積み上げて店内をウロウロしている。ウワ、通り過ぎる人が「アホちゃうか、コイツ」なんて眼で見るよー。でも、他にも何かありそうで気になり、棚を端から順に最上段から最下段まで立ったり座ったりヒンズースクワットを繰り返しながら品定め。ヒンズースクワットは別に苦ではないのだが、頭をかがめた姿勢で最下段の背表紙を眺めてから、急に立ち上がると一気に襲われる立ちくらみ。あれだけは何とかしないと、そのうちに倒れてしまうかもしれない。
また、その店には筒井康隆編集『日本SFベスト集成』が各年代ごとに揃っていたのだが、ここで「ハテ、一体何年のものを持っていたのだっけ」と急に混乱。どうせだったらキレイに揃えたいものである。ウーン、ウーン、ウーンと唸ること約5分。どう考えても思い出せないものは思い出せない。そこで急遽インターネット友人に連絡。幸い自宅にいると言うことでパソコンを立ち上げてもらい、「ぼくのミステリな家計簿」で“筒井康隆”を検索してもらった。その結果、ぼくが持っていたのはわずかに「60年代」「71年」「73年」だけと判明。欠けることなくダブることなく、無事購入ができたのである。おお、友人の手を煩わせたとは言え、初めて家計簿の検索機能が役に立ったのである。何だか嬉しい。
あらら!? 昨日の日記では筒井康隆編集『日本SFベスト集成』を、友人の協力により「ぼくのミステリな家計簿」を検索し、無事ダブることなく買えた、なんて書いていたのだが、今改めて検索してビックリ。見事にダブってしまっているではないか。電話で何度も友人から「持っているのはこの年度だよ」なんて言われていたはずなのに、店に入った頃には訳が判らなくなってしまって「それを持っていないもの」だと勘違いして買ってしまったらしい……トホホ。
誰かから「ダブってるやんけ」なんて激しくツッコまれる前に、今日はまずこれだけ更新しておこう……と言うところまでが、本日会社の昼休みでのヒトコマ。いやあ、焦ったのなんのって。しかし、家計簿への書き間違いということも充分考えられる。だから今日は家に帰ったら、メシを食う前に風呂に入る前にテレビを見る前に、まず一番に調べてみようと決意。が、しかし……トホホなことに、今日のような日に限って用事が山積みされてしまう。そして無情にも全員帰ってしまったオフィスで一人居残り状態。ひぇぇん、虚しいよう〜。ま、誰にも邪魔されず仕事ができると言うことだけは非常に嬉しいことなんだけど。終電にギリギリ間に合う時間にようやく会社を出る。やり残し多数。ああ、明日の来るのが憂鬱だ。そして空腹であることを忘れてしまうほど空いた腹を抱えながら帰宅したぼくを待ち受けていたものは……やはりダブっていた筒井康隆編集『日本SFベスト集成』の71年度版と73年度版なのであった。わざわざテレホーダイでもない時間帯にインターネットで家計簿を検索してもらった友人からは、メールで「コラァッ! いったいオノレは何をしてさらしてケツかんどんねんっ! ペッペッペッ!」などと怒られてしまうし。もうションボリなのである。
今日から手に取ったのは、どのサイトでも「今年イチオシ」と評判の話題作殊能将之『ハサミ男』(講談社ノベルス)。冒頭の数ページを読み始めただけで「なるほど! これは面白そうだ」。“ハサミ男”という殺人鬼が、自らの犯罪を模倣され(しかも被害者は自分が狙っていた女子高生だった)、その真犯人を“ハサミ男”が推理する、というもの。ストーリーもさることながら、まず文章そのものが実に読みやすい。これ、エンターテイメント小説の基本ですよね。難解な文章は高尚なブンゲイ作品にお任せしましょう。そして“ハサミ男”のキャラクタが愛らしい。特に、模倣犯の事件をワイドショーでチェックする場面、ここがもう最高にケッサク。読みながら、その“ハサミ男”の妄想を、頭のなかで映像化してしまったじゃないですか。いやあ、確かに各サイトにおける“本年度イチオシ”作品という評価もナットク。
ただですねえ……この作品、実は友人からネタバレされちゃったのですよ。だから読みながらも作者の仕掛けがミエミエになってしまって、まったくのトホホ状態。ああ、作者はこんなにうまく仕掛けを張り巡らしてあるのにぃ〜。そもそも友人がネタばらしをするきっかけはトイレ話から。ったく、下ネタ話はいい加減にやめなさいという神さまの啓示なのでしょうか。でも、確かにぼくが洋式トイレでオシッコをするときは絶対に座ってするんだも〜ん。
(本日 130ページまで)
明日、明後日とまたしても突然に出張の予定が入って(入れられて)しまいました。まあ、だからこそ終電の時間ギリギリまで会社に居残りしてしたんですね……というか、せざるを得ないのだ。そんな訳で、いつものように更新は行う“つもり”ではいるのですが、果たして……。
昨日の殊能将之『ハサミ男』(講談社ノベルス)について、一部の文章が“カンのいい人ならネタバレになっちゃう”とのご指摘を頂いたので、慌てて修正。確かに、ぼく自身は「その言葉」によりネタが判ってしまったので、伏字色にいたしました。もし修正が間に合わず、ネタバレになっちゃった人がいましたら、ゴメンなさい。
そんなこんなで、突如決定した出張の旅にしゅっぱーつ。最近は出張づいているので気分はもうすっかりジプシー状態なのである。今回の出張は“突如決定した”のがアダとなったのか、会社を出たのが最終の新幹線ギリギリだわ、泊まり慣れたいつものホテルではないわ(だから行き付けのラーメン屋はお預け)と散々な目に合ってしまいトホホホ……。そのうえ、初めて訪問するホテルの場所が判らず、深夜のオフィス街をウロウロしてしまっているし。なんか情けないぞ、オレ。しかしそんなトホホ気分も部屋に入れば「おお、ラッキー♪」。何しろツインルームで広々なのだ。どおりで、チェックインの時にフロント係から「お一人でご利用ください」と言われたはずだ。要は“ツインルームだけど、ネーチャンなんか連れ込んだら承知せえへんぞ”ということだったのですね、ナルホド。部屋そのものはかなりオールドファッション(ただ単にホテルが古いだけ?)でウキウキハッピー。何しろ、部屋の内線電話機も今ではお目にかかることの方が難しいダイヤル式なのである。当然、ノートパソコンなど繋ぎ換えてインターネットなどできるはずもない。とか言いながら、実は今日、“どうせ更新はできないだろうなあ”と諦めていたために持ってきていないのだ。フハハハ。素晴らしき先見の明。目覚まし時計もアナログなので味わい深い。まるで70年代のホテルにタイムスリップをしたかのような気分。
ホテルでくつろいでいると、なぜか小腹が空く。新幹線のなかでカロリーたっぷりコテコテこってりの中華弁当を食べたはずなのに不思議である。これが自宅であれば、近所にコンビニも無いことでストイックに過ごすところだが、出張という“非日常”空間に身を置くと、気持ちが大きくなってしまうようである。結局、誘惑に負けてしまい、歩いて10分ほどのコンビニでに出向く。おにぎり2個とチョコレートを買おうとしたところで「ギャー」。財布がないのだ! スリにやられたわけではない。先程ホテルの部屋でくつろいだときにベッドの上に置いたまま、忘れてきたようなのだ。「すいません、財布を忘れたので結構です」と言うべきところを、何を動転したのか「財布を取りに戻ります」なんて言ってしまうし。
新幹線のなかで、『ハサミ男』は読了。ウワサ通りの面白さ。友人からのネタバレも全く苦にはならないのでまあ許してあげましょう(恩着せがましい)。そもそも、友人のネタバレはトリックや真犯人がどうのこうのというメインのネタではなく、いわば“物語上のとある趣向ばらし”であったため、作品そのもののネタには驚かされた。と、同時に数々の物語上における伏線もきっちりと張られていることに改めて感心。すごいですね。今後にも期待が持てる作家さんの登場です。ただ、その“物語上のとある趣向”の友人がバラした部分において、どうしても疑問に思えて仕方がないのは(以下伏せ字)洋式トイレで“用を足し終わり”、立ち上がった拍子に尿が真っ赤になっていると書かれてあった点。ここでハサミ男の正体が暗示されているのだが、それって「オシッコをしていたときに限る」話でしょう? しかし地の文にはどこにも「オシッコをして」とは書いていないのだ。つまり、ハサミ男はウンコをしていたとも考えられるのである。ウンコのついでにオシッコもして、それで真っ赤なオシッコに気が付いた。ね? 別にオシッコに限らず、ウンコのことを“用を足す”といってもおかしくないでしょう? まあどっちにしても、そもそもぼくのように洋式トイレでオシッコをするときは絶対に座ってする男もいるはずなのですが。

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