【HOME】

'99


何でも7月
       
10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
←先週の日記

 7月18日(日)
1888(明治21)年 : 神奈川の海水浴場で、男女の区画を設け、混泳が禁止される。
ー。降っているような、降ってないような、よく判らない雨模様。だからか部屋の中は非常に蒸し暑い。ジトジトって感じに、何もしてしていなくとも汗がジワジワ。な〜んにもする気になれず、一日中ゴロゴロウダウダ。本当は、昨日行き損ねた何軒かの古本屋を覗いてみたかったのだが、既に昨日の段階で金を使いすぎている。だからガマンなのだ。こういう日は何もせず、ただ本能の赴くまま一日中ゴロゴロと非生産的に過ごすに限る。何も生まれない代わりに何もなくならない。ああ、やっぱり昼寝っていい気持ちなのである。昼寝マニアになりそうな今日この頃。しかし昨日の段階で今年に入って買った本の数量が434冊。ザッと計算してみると1日平均で2.2冊買っていることになる。ちなみに去年1年間の総購入数は先ほど数えてみたところ460冊(コミック、雑誌も含む)だったから、余裕で抜くことになる。しかも今年は去年ほどコミックや雑誌を買ってないから、ますますヤバめかも。更に計算してみる……このペースでずっと買い続けていくと、今年の購入総数は何と800冊にもなるという……とほほ。読書のペースが年間100冊強だから、そりゃあ未読本棚も溢れるわな。

が伸びてきた。先がささくれ立ってきた。このささくれ部分に、何かと糸などが引っかかって気持ちが悪い。そんなわけで、朝からずっと「今日は風呂上がりに爪を切ろう」と心づもりをしていたのに、いざ風呂から上がって爪を切ろうとすると、爪切りが見あたらない……。ひえぇ、ますます爪先のささくれが気になって仕方がないではないか〜。
 7月19日(月)
1975(昭和50)年 : 沖縄本部半島で、沖縄国際海洋博覧会が開催される。
ヘッヘッヘ。長年の夢だったお風呂ラジオを遂に買っちゃったのですよ、いいでしょ、いいでしょ。いやホント、この「お風呂で何かができる」ってところが、実にいいんですよね。何しろ、狭い湯舟に身を縮ませてジッとしているのって苦手なんです。何だか3分もジッとしていると「ウガァァ」と、もう上がりたくなってしまう。別に、風呂そのものがキライという訳ではないんです。どちらかというと好きなくらい。でも、やっぱりのんびりのほほんとできるのは銭湯や温泉なんかのでっかい湯舟。家の風呂はダメです。狭い。狭すぎる。まるで牢屋地獄。そんなわけでずっとお風呂で聴けるラジオかテレビが欲しいなあと思っていたのです。
速、ラジオとともに入浴タイム〜♪となったわけだが……あらら、お気に入りのFMが入らへん〜。どうも奈良はFMの入りにくい地形になっているようで、ちょっとでもアンテナの向きが変わると「ザー」。風呂のように響きやすいところで聞かされるノイズって、メチャクチャやかましい。仕方がないのでクルクルチューニングダイヤルを回していると……あれ? テレビ音声がクッキリハッキリ聞こえるではないか。どうやら部屋のパソコンに電源を入れているため、余計な電波が増幅されているようだ。狭い部屋も時にはいいことってあるんですな。結局1時間はつかってしまっていたのだった。爪がフニャフニャになって絶好の切りどきなのに……相変わらず爪切りが見つからん。

おじゃまじゃま〜、おじゃまんがっ!の名フレーズから20年、ずっといしいひさいちのファンでした。バイトくんブックスも集めたし、忍者武芸帳も集めたし。そんな彼もここ最近、急に「がんばれタブチくん」並みに人気が再燃してきている。何だかファンとして嬉しいやら悲しいやら。そんな時に何と! 東京創元社で「インターネット・サイン会」が行われていると偶然に知り、慌てて申し込み。そして今日、見事にいしいひさいちのサインをいただいちゃったのだ……おお……(感泣)。ということで、これまた「いろいろしりょうかん」にて展示させていただきます。どうもありがとうございました。

チャクチャ面白いやん。あまりの面白さに、アッという間に読了してしまったではないか。逢坂剛『デズデモーナの不貞』(文藝春秋)である。しかし、いつも不思議に思うのだが、なぜ数あるミステリ系サイトでも、逢坂剛の作品感想を見かけることは少ないのだろうか。いわゆる「新本格ミステリ作家」の範疇に入らないからであろうか。チッチッチ、それではいけません。逢坂剛と言えば、デビュー作である『カディスの赤い星』のように、確かに「海外歴史モノ」的なものも多いが、『百舌の叫ぶ夜』のように物語全体に大きな仕掛けがあり、読者を「うわぁぁぁ、そんな仕掛けがあったのかぁ。コイツは騙されたぜっ!」と思わず唸ってしまう作品も少なくはないのだ。だからもっとミステリマニアの間でも評価をされてもおかしくはないと思うのだが……。いつも逢坂剛の新作を読むたびに思ってしまう。
、内容だが、一発目から「うわぁぁぁ、そんな仕掛けがあったのかぁ。コイツは騙されたぜっ!」と唸ってしまう作品から始まる。あまり書くとネタバレになるのだが、これはぜひとも発表当時に読んでみたかったものだ。そうすると、物語中の“仕掛けの伏線”がより一層生きてきていたと思う。今読むと、残念ながら伏線が伏線として生きてこないのだ。まあこれは時間が経っていると言うことで仕方がないことかもしれない。それでも「やられた」と叫ぶこと、間違いなし。他の作品でもミステリ以外にサイコサスペンスやハードボイルドと多岐に渡り、飽きさせない。何と言っても、狂言回し的な存在であるバーのマダムまりえの存在が、物語の面白さを大きくしている。しかし、その狂言回しに徹させるはずのまりえが、ラストの物語で「お約束」が破られる。これって、ひょっとしたら筒井康隆で言うところの「火野七瀬のようなもの」、つまり作者がヒロインに惚れてしまったのではないだろうか……。
 7月20日(火)
1971(昭和46)年 : マクドナルドの日本1号店が銀座三越内に開店する。
お、なんだか気分がいいですね。一日会社に行っただけで、もうお休みとは。昼過ぎまでウダウダと布団の中で過ごそうとしたものの、アチィィ。ムシムシと暑いの何の。ひとまず起きて、素麺などをかき込む。むう、これで気分は完璧に「夏」。そう言えば、もうお子さまたちは夏休みになるんですね。それにしては子供の声が聞こえてこないなあ、さてはこれも「ジュク通い」の悪影響か、はたまた「テレビゲーム」の悪影響か……。素麺をかっ込んだあとはムシムシしているものの、「ちょっと横になろう〜」と再び布団にゴロリン。ほんの30分、目をつぶっているつもりだったのだが、甘い誘惑に負けてしまい、ついつい本格的に眠ってしまう。2時、3時と目が覚めるものの「まだええか……」。4時過ぎには雷がゴロゴロ鳴りだし、夕立ち。これで一気に気温が下がったらしく、窓から吹き込む風が心地よくなる。これでオネムに拍車が掛かってしまう。結局、起き出したのは「そろそろ夕ご飯をつくらなきゃ」と5時過ぎ……いったいオレ、今日は何をやっているのだか。

れではいかん、と自らを戒める意味で休日にも関わらず、1冊だけ本を読んでおこうと有栖川有栖・他『不透明な殺人』(祥伝社文庫)を手に取る。鯨統一郎「アニマル色の涙」でのアホバカ短篇ぶりに大爆笑。しかし、こんなのは本当にあり得るのでしょうか(一応心理学専攻ながら、はなはだ心許ない)。やっぱり七海さん♪こと、若竹七海「OL倶楽部にようこそ」が一番光っていますね。ラストのラストで見せるひねったオチがメチャクチャステキでございます。何しろ「ああ、そんなアホな仕掛けが!?」ともう一度読み返しちゃいましたからね。そうすると、不思議なことに全然違う物語として読めて来るではないですか。“一粒で二度おいしい”とはこういうことを言うのですね。

のたび、リンクページを一新することにいたしました。相変わらず主宰人の怠惰な性格のため、「皆さんによる登録型リンクページ」ではありますが、こんな感じになります。オープンは一応、今週末の予定です。これをご覧の皆さんもドンドン登録をしていっていただければ、とっても嬉しく思います(だからといって、変なページばかりが登録されていたら、とっても悲しい……アダルトとか金儲け系とか……)。
 7月21日(水)
1896(明治29)年 : 山陽鉄道会社が初めて通学定期を発行する。
やぁぁぁっほぅぅぅ! 10年ぶりの再会なのである。いや、別にヒトと逢うわけではないから「再会」では変か。何しろ、あの『ドグラ・マグラ』が劇場に帰って来るというのだ。いやぁぁぁっほぅぅぅ!
は今日の夕刻、場所は会社の休憩室。コーヒーなどを飲みながら、何もせずにボーッとしていたのである。しかしこの「ボーッとする」というのも2〜3分で飽きてくるものである。やっぱり何かをしていないと落ち着かない。……と言うよりも、何かを読んでいないと落ち着かないのだ。まさに椎名誠で言うところの「活字中毒者」そのものである。それこそ、何をしていないときでも“活字”がなければ落ち着かない。ジュースの原料名でも、クスリの服用時の注意書きでも、シャツの裏に縫われたクリーニングの方法でも何でもいいのだ。何か読みたい、読みたい、読みたい……読ませろ。と、目に付いたのがテーブルの上に山積みにされたリビング紙。リビング紙自らが「オレを読めっ!」と強烈に自己主張をしてくるのである。ところが、こうした会社で配布されているリビング紙には、「気合い入れて編集していて」役立つものから、かなり胡散臭いモノまで色々ある。今日、目前にあったのはまさにその「胡散臭い」やつ。普段なら絶対に手を出さない胡散臭さなのだが、あまりの所在なさについつい手に取ってしまった。すると……おお……。これを“ムシの知らせ”というのだろうか……。特集記事が「夏休み映画」だったのである。しかも内容はスターウォーズだ、エピソード1だ(一緒やんけ)みたいな、そんじょそこらと同じありきたりの内容ではなかったのだ。まず「やったぜ、ベイベー! 東京出張の深夜テレビで触りだけ見せられて、とっても欲求不満に陥らされた「ラン・ローラ・ラン」が大阪でも8月下旬に公開だぁ!? よし、予定入れたっ!」。続いて、「なにぃっ!? WOWOWで8月中旬に「キングダム」を4夜連続一挙放映だとぉ!? よし、ビデオテープを買ったぁ!」。休憩室で怪しくも独り言モードが全開……というよりも、独りで叫んでいたのである。そして! 遂にその記事を見つけたのだ!! 「……ウガァァァァッッッッ!」と大絶叫。今週の土曜日から、シネ・ヌーヴォ梅田とやらの映画館で、松本俊夫監督特集をやるそうである。16歳のピーターが主演らしい「バラの葬列」と、そしてあの怪作「ドグラマグラ」の一挙二本立て上映だぁぁぁぁぁ! はい、皆さんご一緒に♪ハァ〜、チャカポコチャカポコ、チャカポコチャカポコ……すいません。そんなわけで、今年の夏はいつになく珍しく映画漬けになりそうな、そんなひと夏のキケンな予感(はあと)。大人になっちゃうかも〜(アホか、オレ)。

でも東京はエライ雨が降って、死者まで出てしまったそうだが、こちら関西では暑い暑い。もう梅雨明けでもいいでしょ? 遠くまでが見通せるくらいのいい天気。そんなわけで引き続きハードカバー読書週間。久々に「重いの」に挑戦なのである。キャメロン・マケイブ『編集室の床に落ちた顔』(国書刊行会)である。何しろ、帯の惹句がメチャクチャ気を引きつけるのである。“探偵小説への墓碑銘”。深いっ! 意味深っ! 意味が一緒っ!(いや、「深い」と「意味深」が……)。これが“探偵小説の墓碑銘”であれば、何となく想像はつく。しかし“探偵小説への墓碑銘”ですからねえ……どんな作品なのやら、想像もつきません。そして、更に帯の惹句は続いている。“「幸いなことに二度と繰り返すことができないトリックの宝庫」”“黄金期本格ミステリ最大の問題作”……うがぁ、これで気にならないわけがない。
語の舞台はイギリスの映画撮影所。主人公の編集技師マケイブは、上司から突然、編集中である映画作品で脇役女優の出番を全てカットしろと命じられた。納得がいかないまま、仕事に掛かろうとした翌朝、その女優の死体が発見された。そして、なぜか「自分が犯人だ」と3人の人間が主張した。しかし、犯行現場となった部屋にこっそり仕掛けられていた映写機から、真犯人が判ったのだが、彼は逃亡先で死亡していたのだった……。
ーん……。何が「問題作」なのやらよく判らん……。しかもハッキリ言って読みづらい。外国作品の典型的な例である。登場人物の名前が覚えきれないのはまだいいとして、彼らが会話でかわす「ギャグ」、これが意味不明なのである。だから言っていることの意味が半分以上、不明になってしまうのである。スティーヴン・キングの小説でも、いつも感じてしまうのだが、外国人は普段からこんな訳の判らない会話をしているのだろうか。それはまるで、シナモンのコーヒーを鼻から飲まされても気がつかない中国人のコックが料理を出すレストランに招待されたようなものだ(←こんな感じ。「奥様は魔女」だったらこんなセリフでも観客の笑い声が入るんですよねえ。日本人のギャグセンスだったら、「ドリフの大爆笑」ぐらいで充分。カトチャン、ペ)。
(本日 148ページまで)

 7月22日(木)
1549(天文18)年 : イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸をする。
ー、来た来た。先日、アメリカのCD通販サイトで注文をしたArt of Noiseのニューアルバム「The Seduction of Claude Debussy」が、本日無事にエアメールで到着。っかぁぁ、本当にここ10年ほどで便利な世の中になったもんですよねえ。なんつったって、このアルバム、日本ではまだ未発売なんですよ。それを日本にいながらにして、簡単に買っちゃうことができるんですからスゴイです。スゴ過ぎなんですってば。例えば、ぼくが中学生になって洋楽を聴き始めた頃は、「輸入盤」なんて夢のまた夢、憧れの品だったんですよね。それだけに、大阪の輸入盤屋さんなんかに行くと、もうシアワセ状態満開。日本未発売のレコードはもとより、日本でも当たり前のように出回っているレコードでさえ珍しく見えてしまったものなんです。そして何より、輸入盤はあの開けるときの緊張感がたまりません。サランラップ状に密封されたビニールを、指の爪を立てて一直線に開く。とたんにレコードの香りがモワァ〜。外国なんて行ったことのないガキンチョが唯一感じることのできた異国の香りなんですよね。これが、ぼくが大学生の頃になってくると、徐々に個人輸入というスタイルが出てくるようになったのですが、まあ「個人輸入」と言っても、関税やらJETROやら何やらと非常に邪魔くさそうな話で、一般市民にはトンと無縁の世界だったんですよね。でも、そういった世間の動きが後押しとなったのか、この頃から外資系のレコード店が次々に開店して、輸入レコード(もうこの頃になると、CDに変わっていたんですけど)が当たり前のように売られる時代になってきていたんです。しかも、この頃になると、輸入盤の方が安いという謎の現象が起こり出す。もはやこの時点で輸入レコード(CD)は完全に市民権を得たのです。が、それでも客が購入するのは“日本の店が仕入れた日本向けレコード(CD)”。そして時間(とき)が移りゆくこと更に10年、時代はもはやインターネット通販となっていたのであります。日本の自分の部屋にいながらにして、最新の商材カタログを眺めつつ(いや、眺めると言うよりも「検索する」のですよね。従来のカタログ方式よりも、顧客が自分の欲しいモノにより攻撃的に捜すようになったということでしょうか)、欲しい商品が見つかればその場でオーダー。これだけで、1週間ほど待つとエアメールで「ハイ、お届け」とアメリカから直輸入で送ってくれるのですから、これをスゴイと言わずして、何と言いましょう。ううん、中学生の頃の自分に教えてあげたいなあ。「おい、お前が30歳のオッサンになった頃には、部屋にいながらにしてアメリカのCDショップから、日本未発売CDを注文してるんだぞ。その頃のオレに困らせないよう、今から英語をみっちりと勉強しておけよ」。あ、念のために言っておきますと、「日本未発売」とは、日本盤が未発売ということで、決して「日本の輸入盤屋さんにも売ってない」ということではありません。ひょっとしたら、もう売っているかも。……フフフ、でも送料で若干高くつこうとも、アメリカのショップサイトで買った方がよろしくってよ。何しろ、「自分でArt of Noiseのアルバムを作ろう!」カスタムCD注文サービスがついて来るんですから。
ょっと今日はノスタル爺モード満開ですね。でも、10年以上ご無沙汰だったArt of Noiseの新曲を聴いたものだから、思い出が走馬燈のように甦って……ってオレは死ぬんかい!? もう何だっていいんだも〜ん!

が何だかさっぱり物語の進行についていけてません。昨日から読み始めたキャメロン・マケイブ『編集室の床に落ちた顔』(国書刊行会)、相変わらずのかみ合わない会話の応酬に、読む方は少々お疲れ気味。警部と主人公の駆け引きに「ん? ん? ん?」と付いていけない間に「あれあれあれあれ?」。訳が判りません。ウウン、今日以降の物語展開をここで書いてしまうと、せっかくの趣向が台無しになってしまうから、書けない! でも判らん! ああ、もう……。フラストレーション溜まりっぱなし。せっかく高い金を出して買った“世紀の問題作”、果たして楽しめるのであろうか。チョット心配になってきた……。
(本日 244ページまで)

 7月23日(金)
684(天武13)年 : ハレー彗星が出現する(日本書紀による)。
しく早い時間に会社を出る。おお、近所のスーパーがまだ開いているではないか。……ということで寄り道。店内をウロウロとしていると「うひゃあ、ウナギだぁ!」。シーズン真っ盛りということもあってか安い(あれ? シーズン真っ盛りだったら高いのか?)。思わず2匹パックの方を買ってしまう(安いと入っても、それはウナギとしての相対的な評価。いつもの晩飯での絶対的な評価ではメチャクチャ高い。何日分のメシになるのだろう……)。家に帰り、何はともあれ飯を炊く。呑気に「♪初めチョロチョロ中パッパ」なんて唄っている場合ではない。チョロっと洗い、水に20分ほどつけたところで「ええ〜い、ボタンONじゃ」。案の定、やや硬めのご飯をドンブリいっぱいてんこ盛りにし、1匹目を投入! そしてガブリとかぶりつき……※△♀♪……! ホネが口の中いっぱいに……ウゲゲゲゲ。何しろ貧乏性のぼく、ウナギを食べるにも端からきちんと食べないともったいない、ということで頭の部分からかぶりついてしまったのである。小骨しかない頭の部分である。せっかくのウナギ気分だったのに、一気に萎え萎えとなってしまう。本来なら、豪快にガツガツ喰らい込むはずだったウナドンもボソボソ……。しかしおかしなもので、どんなに食欲がなくとも食べる気持ちが萎え萎えであろうとも、食べているうちに食欲は盛り返してくるものである。頑張っててんこ盛りのウナドン2杯目(2匹目)も食い尽くす。最後なんて、もはや執念で喰っているようなものでしたもんね。
かし、あち〜。あまりの暑さについつい根性負けしてしまい、今シーズンに入って初めてエアコンスイッチを入れてしまった……。ああ、しかし貧乏人の性か、エアコンのスイッチを入れてしまうと非常に罪悪感を抱いてしまう。だから少々涼しい風が出てきても、心からくつろぐことができないのだ。ぼくが子供の頃って、エアコンはまだまだ貴重品、と言うか電気代をメチャクチャ食う「家計の敵」であった。だから、家でエアコン(当時は“クーラー”などと言ってましたっけ)のスイッチが入れられるのは、年に数回、メチャクチャ暑い日の真っ昼間か、あるいはお客さんが来たときだけ。しかも、夕方になったり、お客さんが帰るやいなや速攻でエアコンのスイッチは切られてしまって……。だから非常にクーラーとは「特別なもの」という気がしてならない。もう一人で暮らしているのだから、好き勝手な生活をしてもいいと思うのだが、“三つ子の魂、百まで”なのかなあ……。
だか今日は貧乏人ネタ特集のような気がしてならない……。

ひゃー、やっとキャメロン・マケイブ『編集室の床に落ちた顔』(国書刊行会)を読了。正直言って、最初から最後までずっと読みづらかった。最後の方なんて、物語の内容を追わずにただ単に文字だけを流し読みをしていたようなものだったので(ちょっと長くて飽きてきちゃっていました)、最初はオチの意味が判らなかったのである。「ヘ!? もう終わり?」みたいに拍子抜け。この作品が「問題作」であるのは、エピローグにその秘密が隠されているとのことで、てっきりメタフィクション風であるところにタネが隠されているものだと思っていた。しかし、巻末に付けられた解説を読んでようやく判ったのである。メタフィクション風となっていることは、ひょっとして作者から読者へ仕掛けられたトラップだったのであろうか。……まあ個人的にはこの解説を見て「そういうことか」と判ったものの、アタマが悪いのか、いまだに「世紀の問題作」「探偵小説への墓碑銘」と言われることが、まだ納得できないのだが……。
 7月24日(土)
1964(昭和39)年 : 漫画雑誌「ガロ」が創刊、白土三平「カムイ伝」が若者たちに大きな影響を与える。
家で、オヤジが使用しているパソコンの調子が悪くなったと言う。ぼく自身、ヒトのパソコンを触るのが大好きなので、レスキューに必要かと思われるフロッピーや何やかんやを持って、実家にホイホイと向かった。家につくなり、まずはPC電源をオン。なるほど、プロバイダにダイヤルアップをするとサーバに接続はするものの、Webページが全く開かない。それどころか、メーラ(ただし、これまたMS社製のOutlook Express)からメールの送信や受信すらできない。何だかよく判らない。実家で登録しているプロバイダは、市内だけで営業している弱小会社につき、ひょっとしたらプロバイダがおかしいんじゃないのぉ〜と、ぼくが登録しているプロバイダに設定しなおし、接続。ところが結果は一緒なのである。オヤジにいつからこのような症状が出たのか聞くと、もう数ヶ月にもなるという。その頃、何か「特に変わった操作」をしなかったか確認すると、「そう言えば、出たばかりのInternet Exploror5.0をインストールしたな……」。……それだ、おそらく。そんなわけで、早速IE5.0をアンインストール。そして復活した4.0で再びインターネットに接続してみると……おいおい、ちゃんと表示されるやん。ということはPCそのものの不具合ではなかったと言うことか。ぼくが家から持ってきたインストールディスクを使って、IE5.0の再インストール。接続してみると……全然問題ないやんけ。プロバイダの問題どころか、ローカルの会社だからかメチャクチャ早い。何じゃそら。
んなこんなで、夕方。晩飯も用意をしてくれたと言うことで、ありがたく食卓につかせていただくと……Oh, My God……。そこにあったのは、昨日危うく逆流しそうになるまで食い過ぎてしまったウナギであった……。そうか、今日が土用の丑の日だったのね。サンキュ、オカン。
来週の日記→
書庫logo
© 1999 NAKAHASHI kazuya All Rights Reserved
nakahasi@mars.dti.ne.jp